三養荘撮影後記    
三養荘撮影後記
 
 ”秋の夕日に照る山もみじ”まさに歌の文句であった。平成元年十二月
 冬に入ったとはいえ、最後の紅葉が夕日に染まっていた。三養荘との初めての出会いである。
我が愛車と我がカミさん(迷アシスタント)を従えて、東京から伊豆長岡温泉との間を一年間通い続ける
ことになった。自然の山に囲まれた大庭園、萱門の東前には狩野川が流れ、西側のすぐ近くには静浦の海が
ひろがり、まさに自然の里である。 春夏秋冬の花や虫の音、鳥のさえずり、水の流れ、夏の花火、中秋の名月、
紅葉を楽しむ人の心を温める湯の宿である。
 私は日本の集落を訪ねてあらゆる地方を歩き廻ったことがあった。早々海岸の砂浜がテトラに変わり、
小川の水は涸れ、山は削り取られ、あまりにもひどい自然破壊による変わり方を目にしてきた。 街には自然だ!
緑だ!と声高々に叫ぶデザインが横行している中で、じっと静かに自然と対話している数寄のデザイン
があった。 本物は叫ばない。 泰然自若、背伸びせず静かに低く地に根をおろしている。 優しく温かく
それでいて厳しい、そんな表情をどう表現したら良いだろうか。数奇屋の大家である村野藤吾先生の最後の作品
である三養荘は、実に小気味よく、控えめで繊細なたたずまいである。 どの客室塔にも庭と水の流れが配置され、
心を休ませてくれる。 この自然に抱かれた大庭園と二十数棟の数寄屋、写真の素材としてこれ程素晴らしいものは
ないであろう。 夕焼け雲、水の輝き、木々の芽吹き、花の風、落ち葉の音。 撮影のたびに何時も情感を変え
新鮮な感動を与えてくれた三養荘。 「宿すれば時忘れよと時計草」、私でさえ一句口をついて出ようと云うものである。
 千変万化するこの三養荘に一年間通い続けて、まだまだ撮り終えたという気がしないこの素晴らしい作品を、
撮影出来た事は私にとって一生の幸せであった。
 名器のバイオリンは古くなるとより音が冴えると云う。 この三養荘も時代が経るごとにますます落ち着いた
風格となって、日本の心の宿となる事を願ってやまない。 このたびは、山田よし子支配人はじめ、従業員の方々の
多大な協力のもとに撮影出来た事を、厚く御礼申し上げたい。 そして四季おりおりに美味しい会席料理を
出してくださった板前さんにも感謝したい。
 せせらぎの水の流れに盃を傾けた夜を想いつつ・・・・・・。