日本の集落撮影後記    
日本の集落撮影後記
 私が集落に取り組もうと決心して何年たったのだろう?
 今すぐには思い出せない、それほど私自身の生活と密着していたのだ。出発点のことを思うに、
居ても立っても居られないほど興奮していた。枕木も線路もない上に汽車を走らせようとしていた。
私は建築カメラマンという職業柄、建物を追いかけて方々を旅する。その都度思われたことは
近代化という波に押し寄せられて、まさに消えゆかんとする地方の良さに強く心惹かれていたことだ。
そういう時、高須賀晋なる大いなる怪物に旅を誘われたのである。
私の集落を思う気持ちはだんだんと膨れ上がっていった。私は常々自分でも運の強い男だと思うことがある。
まさにその通り『住宅建築』という大きな媒体の支援で発表の場を持てたからである。
 さて、旅の時のことを思い出してみる。
手製のキャンプ車「キャラバン」は寝台を積んでトコトコ走って行く。
今日はどこまでという目的地もなく、ただ地図を頼りに川を遡り、
源流を横目で見ながら山村を探しまわる。いくつもの峰を越えて、やっと最後の村にたどり着く、
ここもだめか!、こんな山奥でもアルミサッシやトタン屋根が占領してしまっているとは、
さて、どうする。もう夕暮れが近い。山で働いていた人たちも山から降りて来る。
「何処に行きなさるか?」 「いいえ、べつにきまっていない」。
「何しに来たのかね」 「茅ぶき屋根を探しているのだが」
「もうないね!10年前はまだ藁ぶきや石ころ置いた家があったんだが・・・」。
陽が落ちるまで後一時間。今日はこの山の奥でキャンプだ。
酒は途中で忘れず買って来たが酒の肴が無い。急いで魚を釣らなければならない。
この川だと岩魚か山女だ。急げ急げ、釣れたぞ、何だこれは、アブラハヤだ。
しょうがない今日はアブラハヤで我慢だ。地酒の前ではアブラハヤも結構いけるじゃないか。
 空は黒というより銀色一色に塗りつぶされている。空からのポイントもだいたい決まった。
明日は晴れてくれよ。いつも祈るような気持ちだ。いよいよセスナ機からの撮影である。
エンジン始動。軽自動車にディーゼルエンジンを積んだような音だ。何度乗っても
乗り心地は決して良いとはいえない。乗用車というより、小型貨物にのって空を飛んでいる感じである。
地上で想像していたよりおもしろい地形で、その自然の地形に沿った形で集落が出来ている。
まずセスナ機の窓をはずす。風の音が一段と強くなる。高さ約300m、カメラの距離計を無限大に合わせ、
シャッター速度は500分の1秒、飛行機は目標の廻りを旋回し始める。
エンジンをスローに落として、翼を上げる。失速警報が鳴り続いている。
「バシャ」撮れたぞ、OKです。エンジンフル回転で機首を空に向けて急ぎ飛び上がる。
今日は快晴だったが気流が悪く、何度もエアーポケットに入り、天井に頭をぶつけたが収穫は大なり。
今日も御無事で着陸おめでとうございました、ということになる。
今までに乗ったパイロットの中で怪我をした人、海に落ちて亡くなった人もいる。
我々二人はどうしてこんなに悪運が強いのか?とにかく終わって御苦労様でした、という旅の連続だった。
 挫折、自信喪失、等々ない訳はなかった。その都度、私の心の奥にくすぶり続けていたのは現在と未来、
消えゆくものと踏みとどまるものの記録という言葉だった。
長い旅の中で知りあった良き協力者、またとない理解者、多くの人たちと交わりを持った私は
集落が終わったという時点でとても幸せです。
 30代という人生の花道を10年かけて日本の隅々を見て回り自分自身で納得し得たことは
私も日本人であるという誇りだろう。満足感に浸って放心している現在、
次に情熱を燃やせるものは何か?今後の課題です。